湯原祐希がトレーニング中に突然死。東芝ブレイブルーパスはショックで声出ず!

写真:湯原祐希。2015年の試合前の国歌斉唱時。日本代表。

ラグビーW杯元日本代表の湯原祐希さんがトレーニング中に急逝されました。36歳の若さです。驚きと悲しみでいっぱいです。

いったい何があったのでしょう。

2011年・2015年のラグビーW杯(ワールドカップ)日本代表でした。今はトップリーグ(TL)東芝のコーチです。

ラグビーW杯日本代表湯原祐希急死に追悼コメント続々。

東芝の発表では、9月29日の朝にクラブハウスで自主トレーニング中の湯原祐希さんは突然意識を失って倒れ、近くにいた人間がAED(自動体外式除細動器)などの救急措置を施し119番通報し救急搬送されたが、搬送先の病院で亡くなったということです。

驚きと悲しみの一般ファンからの追悼投稿です。

トレーニング中に急に倒れたとのことで、17年前の同志社大学の中山亮太選手を思い出しました。

鍛えている方でも突然倒れることがあるから怖い・・・。

ご冥福をお祈りいたします。

サッカーの松田直樹もそうだったな。トレーニングしてても、激しい運動だから心臓にかかる負担も大きいのかな?
御冥福をお祈りします。

どんなに元気でも朝や夕食、風呂どきに突然倒れるケースがあるのでどこかのタイミングで検診やサインが判るように成ればいいのですが。
とくに若い人ほど最近突然と言うのが多いですね

松田直樹選手も34歳で急死されましたね…
アスリートの方々の努力は素人の想像以上かと思いますが本当に無理を続けないでいただきたいです。
悲しいニュースが次々と…ご冥福をお祈り致します。

AEDなど救命措置を施したチームメイトの方々のショックは計り知れない。助けられなかったと自分を責めないでほしい。

残念で、悲しいです。トップのアスリートであれば、ギリギリまで
トレーニングで身体を追い込むので、健康を害することは、ありう
る。きめこまかな、ケアはしていると思うが。
ご冥福をお祈りします。

トップアスリートは身体をギリギリまで追い込むから、見た目と違い、心臓をはじめ内臓などにかなり負担がかかっていると聞く。特にラグビーは身体をデカくすることも含め、その中でも究極の部類かもしれない。それでも36歳はあまりに若いし、家族のことを思うと胸が痛む。
一つだけ救われたと無理矢理いえば、自殺じゃなかったことぐらい。でも、コロナ後のトップリーグの日程がつい先日発表されて、コーチとしてモチベーションも上がっていたはず。気の毒としか言いようがない。心からご冥福をお祈りします。

スポーツ選手でこういうニュースをたまに見ますが、、怖いですね。
選手でなくともスポーツジムで突然倒れてそのまま亡くなった話とかも民間ジムに勤めている人から聞いたことがあります。

お悔やみ申し上げます。

36歳、まだまだこれからなのに…。
過酷なトレーニングを継続していると知らないうちに身体に負担がかかってくるのかな。。他の現役のスポーツ選手も皆さんも体調には気を付けて頂きたいです。
ご冥福をお祈りいたします。

湯原祐希突然死の死因は「急性心筋梗塞」か?

9年前(2011年)、練習中に34歳という若さで突然死したサッカー松本山雅FC所属の松田直樹選手の死因は「急性心筋梗塞」でした。

持病もなく、倒れるまではいつもと変わりないという部分は湯原祐希さんも一緒です。「心筋梗塞」の可能性は高いと思われます。

運動によって急性のストレスがかかると心筋虚血や致死的不整脈の誘発に至ることがあります。また、突然に運動終了した際には、心筋虚血を起こすことや、致死的不整脈の誘発に至ることもあります。

メタボリックシンドローム、肥満、糖尿病、インスリン抵抗性のある人においては交感神経系の機能亢進と副交感神経系の機能低下が認められ、運動中の血圧過上昇や心電図以上のリスクが高いとされています)。
(引用元:健康長寿ネット

他に考えられる突然死の原因は、くも膜下出血・脳卒中などの脳の病気ですが、AED(自動体外式除細動器)での救命措置をしたということですので、やはり心臓に何らかの症状があったものと思われます。

湯原祐希プロフィール。6歳からラグビー。

名前:湯原祐希(ゆはらゆうき)
生年月日:1984年1月21日生まれ
出身地:千葉県印西市
身長・体重:173㎝・110㎏
ニックネーム:ゆってぃー・ユハ~
座右の銘:信念は偉大な希望を成し遂げる
高校・大学:産経大拍高校・流通経済大学

略歴
6歳のころからラグビーを始める。

2002年 流経大柏高校卒業後、流通経済大学。

2006年 流通経済大学卒業後、東芝ブレイブルーパスに加入。

2008年10月25日に行われたジャパンラグビートップリーグ第6節の日本IBMビッグブルー戦にて先発出場で公式戦初出場。

2010年5月11日、韓国戦で日本代表として初キャップ。

2011年 ラグビーワールドカップ2011の日本代表。ワールドカップでは1試合に出場。

2015年 ラグビーワールドカップ2015の日本代表。

2017年1月にトップリーグ100試合出場を達成。

2019年 東芝ブレイブルーパスのアシスタントコーチに就任。

2020年9月30日 所属していた東芝から湯原が29日に死去したと発表された。36歳没。

(Wikipedia参照)

湯原祐希の家族は? 妻や子供は?

写真:湯原祐希・東芝ホームページ。

家族の柱、たくましい夫、つよいお父さんを不意に亡くしたショックは計り知れない大きさです。

家族に関する情報は一切公表されていませんので触れないでおきます。

わかっているのは、結婚は2008年3月。

プロポーズの言葉は「一緒にいたい」・・沖縄のホテルのプライベートビーチで、夜歩きながら・・。

子供は二人で上の子が5歳。

東芝ホームページの湯原祐希さんのページには、

尊敬する人
妻・子供 【理由】自分の力になり、支えてくれる。

と記載されています。

その夫、その父が・・・亡くなりました。

まとめ

あまりのショックに東芝関係者は声もなく沈黙状態です。

突然の訃報だけに、

しばらくは悲しみの深度はふかまるばかりだと思います。

My Rugby Wolrd Cup Stories 第81回 湯原祐希

↑ 日本代表のジャージを着れるしあわせ・・・と湯原祐希さん。

ご冥福をお祈りします。

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