パリ五輪銀&銅の早田ひなに特攻を美化するなと古市憲寿が浅知恵お節介

社会学者・古市憲寿(ふるいちとしのり)氏(39)が、え?そんなアホなこというのか?と・・・とアホな不詳ぼくが思いました。氏は週刊新潮で連載枠をもっているし、テレビでもコメンテイターをしています。政治的なスタンスがはっきり左翼共産党立憲がらみだったとは知りませんでした。不詳がアッポを自覚できたわ~?

誤解を招いてはいかんので経緯を・・・

パリ五輪卓球活躍の早田ひな「特攻平和会館に行きたい」

古市憲寿氏「意外でしたね」パリ五輪卓球団体銀の早田ひな「知覧特攻平和会館に行きたい」発言に
[2024年8月15日10時36分] https://www.nikkansports.com/olympic/paris2024/general/news/202408150000253.html

社会学者の古市憲寿氏が15日、フジテレビ系「めざまし8」(月~金曜午前8時)に出演。パリ五輪卓球女子団体で銀メダル、女子シングルスで銅メダルにを獲得した早田ひな(24)が帰国会見で「知覧特攻平和会館(鹿児島県南九州市)に行きたい」と発言したことに、「意外でしたね」とコメントした。

早田はその理由について、「生きていること、卓球ができることが当たり前ではないということを感じたいと思う」と話した。

父の実家が鹿児島県にあるという古市氏は、「特攻があったから今の日本が幸せで平和だっていうのは、ちょっと違うと思っていて。むしろ、特攻みたいなことをさせない社会にしていく必要があると思うんですね。特攻の記憶を受け継ぐことはすごい大事なんですけど、それにただ感動して泣いて終わりにするんじゃなくて、どうやったら特攻みたいなものが日本で2度と現れないためにどうしたらいいんだろうと、考えることがすごい大事。特攻で亡くなった方は数千人なんですけど、日本全体で戦争では300万人が亡くなっている。忘れないように」と語った。

古市憲寿氏のこの物の言い草、GHQ・・ジー‐エッチ‐キュー【GHQ】[Generalで Headquarters]《General Headquarters》総司令部。 特に、第二次大戦後、連合国軍が日本占領中に設置した総司令部。 マッカーサーを最高司令官とし、占領政策を日本政府に施行させた。 昭和27年(1952)講和条約発効により廃止。・・に忠実な日教組の先生みたい。

日本という国は悪い、日本人はずっと反省しておきなさい。。。アホくさい説教ですよ。底が浅いアホな言い回しにはガッカリでございます。

あの戦争(大東亜戦争)でたものは、 東アジア諸国の独立と自由 でした。インドネシアのスカルノ大統領が「天皇陛下万歳!」と叫んだのも日本陸軍がオランダを駆逐したからです。

https://x.com/HashimotoKotoe/status/1823925768424185967 橋本琴絵 ↓

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あの戦争でアジア10億人が人権を得た、ありがとう

【 鎮 魂 】 今日は「もし、日本があの戦争をしなかったら世界はどうなっていたか」をお話します。それは「人種差別が当たり前の世界」です。 ハンバーガーを食べる席も「白人」と「カラード」(色つき)で分けられ、プールに行っても「有色人種のお客様はご利用になれません」となる。 日本人だけはもしかしたら「名誉白人」になって、表向きは白人と同じように扱われたかもしれない。 しかし、ほかの有色人種は全て人間として扱われない。 それが「日本が戦争をしなかった世界線」です。 客観的事実として、 日本が戦争をする前、中華民国とタイ王国を除き、東アジアに独立国はなかった。 アジアの人々の基本的人権を保障する最高法規もなければ、実際に保障された事実もなかった。 「人種によって人権が無い」とは、 いつでも自由に殺人ができる、ということ。 オーストラリアのマスグレープというところでは、昭和6年までアボリジニハンティングが盛んだった。 娯楽で、趣味で、アボリジニの家族を撃ちに撃ちに行く。 そんな世界だった。 話し合いでは決して解決出来ない。 1920年に国際連盟ができたとき、 日本は人種差別禁止を提案した。 しかし、「日本は頭がおかしい」と大反対され、昭和天皇は「あれが大東亜戦争の遠因」と独白録に残された。 アジアの人々は家畜にされ、強制労働をさせられた。 しかし、そこに希望の光が差し込んだ。 インドネシアには、 「今から300年後に空から白き衣に身を包んだ神の兵士が舞い降りて我らを救う」 という言い伝えがあった。 その伝説を信じて耐えてきた。 あの日、インドネシアの人々が空を見上げると、 真白き薔薇の花模様のように、蒼き大空に無数の純白の落下傘が見えた。 伝説は本当だった! 落下傘で地上に降り立った神兵はただちに敵を撃ち払い、植民地支配を終わらせた。 その様子を見た1人のインドネシア人の少女が、 「あなたは神様の使いですか?」と尋ねた。 インドネシア語を事前に勉強していたその者はこう答えた。 「確かに!現人神の使い、大日本帝国陸軍である!」 インドネシアの人々は歓喜し、こう叫んだ。 アジアの光、日本! アジアの希望、日本! アジアの守り、日本! 初代インドネシア大統領となるスカルノは、歓喜と共に「天皇陛下万歳」を唱えた。 そして、日本は大東亜会議を開催し、 「この戦争は人種差別撤廃を目的にしたものである」 という事実を全世界に発表した。 大東亜宣言だ。 人類で初めて人種差別撤廃を宣言した国際サミットだった。 あの戦争によって400万人近い人々が命を失った。しかし! その代償によって、アジア10億人が人権を得た。 いま世界をみて! 人種差別は善か? 悪か? 人類はどちらの価値観を持っているか? それが大東亜戦争でやり遂げた日本人の歴史なのです! ここに、フィリピン独立記念式典におけるパルガス大使の演説を引用します。 「大日本帝国は軍政を最終的に撤廃し、フィリピン共和国の独立を承認するというこのうえない形で、その高邁な精神と理念を証明した。 帝国はその全ての誓約と宣言を誠実に守り、フィリピン国民が憲法を制定し、自らの文化と伝統に調和する国家を樹立する最大の機会を開いたのである。 大東亜において大日本帝国はあまりに激しく、あまりに不当に圧政暴虐の侵略者として非難されているが、その寛容と自由の実践は世界も驚くであろう。 日本は帝国であったが一つの共和国を認め、まさにその樹立に参画した」 次に、特攻隊慰霊碑をフィリピンのマバラカット市に建てたダニエル・H・ディゾンの言葉を引用します。  「いまから35年前に私は神風特攻隊の本を読みました。涙がとまらなかった。 こんな勇気や忠誠心をそれまで聞いたことがなかったからです。 同じアジア人として、このような英雄が誕生したことを”誇り”に思っています」 タイ首相ククリット・プラモードの言葉 「日本のおかげで、アジア諸国はすべて独立した。日本というお母さんは、難産して 母体をそこなったが、生まれた子供はすくすくと育っている」 あの戦争を私は誇りに思います。 アジアの基本的人権を守るため、英霊は散華されました。 ありがとうございます。 失われた命は、また産みます。 今日という日を感謝申し上げます。

まとめ

戦争をしらない学者風情が偉そうなことを言うなと思います。戦地で亡くなった方も国内で被爆犠牲者になられた方も、それぞれ無駄では決してなかったのです。それらの英霊に祈りを捧げてなにが悪いのでしょうか。。。

古市憲寿氏は「早田ひなさんを非難したわけではない」などと逃げ口上をかましていますが、それこそ恥の上塗りです。やめなさい。

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