山口(三浦)百恵は「私が好きな人は三浦友和」を貫いた菩薩さま?

山口(三浦)百恵さんのすごさは、裏切らない愛を貫ける温和なひたむきさです。男女に、恋に、裏切りはつきものです。しかし山口百恵さんは絶対に裏切らないのです。

13歳でデビューし21歳で引退、それから40年を経ました。20歳のときに百恵さんは「私が好きな人は三浦友和さん」(1979年10月、大阪厚生年金会館のコンサートで)と宣言、その後も以前にも、当節大はやりの浮いた”熱愛”話は夫妻ともにまったくありません。

翌年1980年3月に三浦友和さんとの婚約を発表し、同時に芸能界引退を公表しました。

裏切らない・・口では言えても、現実にはそうはいきませんね。

山口百恵!伊豆の踊子!歌詞付き!

三浦友和さんを貫いた山口(三浦)百恵は”菩薩”様?

山口百恵さんは三浦友和さん以外の男性とは交際していない。初体験も友和さん? え、信じられない? しかし事実のようです。

写真:三浦友和(伊豆の踊り子で共演)

『山口百恵は菩薩である』(平岡正明著)にはこうあります。

かつて、一人の少女が歌手となり、ひたむきな歌の力で日本を浄化した。優雅な美しさに至った彼女は、「菩薩」と呼ばれた。

仏教では“まことの幸せ”を『菩提(ぼだい)』と言いますね。こむつかしい話はさておき、一般的には幸せのシンボル的な存在としての菩提をもとめる仏様が「菩薩(ぼさつ)さま」です。その菩薩さまについてゆけば幸せに生きて行けるのです。

菩薩さまを拝めばあなたも幸せになります。山口百恵さまを拝めばあなたも幸せになります。そいう解釈でいいと思います。

山口百恵 – ラスト・ソング

山口(三浦)百恵さん本人が「恋」について書いた文章があります。文中の「阿木さん」は作詞家・阿木燿子さんです。

阿木さんの詩を歌い始めた頃から、実生活での私の恋も始まったのだけれども、阿木さんの詩の中に書かれた言葉が、私に恋という感情の様々な波模様を教えてくれたようにも思う。
恋をする中で感じた思いを、詩の中に言葉として見つけだしていた。
詩の中から、言葉で飛び込んできた感情が、今度は現実の恋の間(はざま)に見えかくれしていた。
阿木さんの詩は、そうした私の心の奥深くまえ染み込んで行った。
(阿木燿子著『プレイバックPartⅢ』新潮文庫・三浦百恵の「解説」より引用)

あなたのもとへ Play Back Play Back
あなたのもとへ Play Back

阿木燿子さん作詞には次のようなものも。

これっきり これっきり もうこれっきりですか
これっきり これっきり もうこれっきりですか

私は少し遅れながら
あなたの後ろ 歩いていました

私の好きな三浦友和さん・・・と宣言しても淡く激しく揺れる心もあります。しかし現実には山口百恵さんは「私の好きな人は三浦友和さん」で一気通貫です。三浦友和さんもそれに応えて浮いた話はありません。

風貌は変化しても中身はそのままの山口(三浦)百恵!

この変わらなさが菩薩さまと称されるゆえんえすね。

写真:62歳 山口(三浦)百恵。

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