本の感想・NHK取材班『超常現象』。スピリチュアルを科学する努力は無駄?

幽霊、死後の世界、前世、超能力、テレパシー・・・目に見えない、手でさわれない。信じるか信じないかだけの世界です。それを科学する努力は無駄ではないかと思っていました。NHKスペシャルでオンエアされたときは見ませんでした。NHKだからどうせ完全否定だろうと思ってしまったのです。しかし、この本、書籍化された『超常現象』-科学者たちの挑戦-を読んで、科学者の挑戦が決して無駄ではないことに気づかされました。NHKオンデマンドでこの番組だけの単一視聴(220円)したくなりました。

科学が挑む幽霊、死後の世界、前世・・・脳波測定でみえる事実。

脳波測定といういまでは常識のように行われていることが心霊研究(科学)によって生まれたとはびっくりです。否定も肯定もしない研究(科学)を肯定したくなりました。

この本『超常現象』の冒頭で取材班リーダーはこう語っています。

・・・僕は、魂や死後の世界は存在しないと考えてきた。・・・幽霊や生まれ変わりという話を聞くと、眉に唾を塗って身構えるような人間だった。

あああ、

ちょっと話、それますが、この僕(これを書いている私)は、幽霊、死後の世界、前世、超能力、テレパシーなどは、ありえる派です。あるちゃあ、ある、ないっちゃあ、ない。それでいいじゃん、という単純肯定といえば、そうです。

スプーン、曲げようとおもえば曲げられました。うそじゃないですが、うそっときつく言われるなら、はい、うそにしておいてくださいと反応します。

ある寺で少年時代10年すごしました。その寺院の住職後継者として育てられたのでお墓とか人骨にも慣れっこです。スピリチュアル(霊的)な経験もけっこうあるほうですが、それでどうってことはありません。

あ、話、元へ。NHK『超常現象』です。

上述、取材班リーダーは「とも」という少年が前世イギリス人だったという話を否定しきれなくなるところから本の書き出しがスタートします。(あ、ちょっとだけ・・「とも」ってこのブログを書いている僕、私の名前です。たまたまですが、たまたまでしょうか?)?。ふふふ。

「とも君」と呼ばれる子供の不思議な言動を母親が几帳面に「育児日記」として記録していたのです。前世はイギリス人のお料理屋さんの子供だった、と。カーペンターズの歌「トップ・オブ・ザ・ワールド」を突然、流暢な英語で歌ったりした。

前世ジャンルはこの本『超常現象』で91頁から119頁までおよそ30ページをつかい具体例をまじえて紹介されています。不思議というか不可思議というか摩訶不思議というか

・・・不思議は不可思議の省略形で摩訶不思議はお経の摩訶般若波羅蜜多心経の魔訶(大いなる)を接頭語にして、とってもとっても大いに不思議という意味ですね。(あ~、懐かしい、摩訶般若波羅蜜多心経、私「”とも”」は10歳から20歳まで毎朝毎朝、お寺の本堂で木魚たたき鐘を打ちつつ心経の勤行、読経、修行の一つ、をつづけました。ふふふ)。。。あ、すいません、脱線。元へ。ふふ。

米国の生まれ変わり(前世)研究は日本人の事例がきっかけに始まった。

アメリカ・バージニア大学医学部知覚研究室では50年にわたり生まれ変わり(前世)の研究が行われています。設立者はイアン・スティーブンソン博士です。

写真:イアン・スティーブンソン博士

スティーブンソン博士はカナダのマギル大学医学部を主席で卒業し、39歳の若さでバージニア大学精神科の主任教授。1967年に人格研究室(2006年に「知覚研究室」に改名)を立ち上げ亡くなる(2007年2月3日)まで生まれ変わりの研究をされていました。この研究室に客員教授で赴任中の中部大学教授大門正行博士によると「スティーブンソン博士が生まれ変わりの研究を始めた大きなきっかけは日本人の事例なんです」。

江戸時代の小谷田勝五郎の記録です。

小谷田勝五郎(1814年(文化11年) – 1869年(明治2年)12月4日)

武蔵国多摩郡中野村(現在の東京都八王子市東中野)の農家、小谷田源蔵の息子として生まれる。

1822年(文政5年)のある夜、突然家族に「自分はもとは程久保村(現日野市程久保)の藤蔵という子どもで、6歳の時に疱瘡で亡くなった」と言い、あの世に行ってから生まれ変わるまでのことを語った。語った話が実際に程久保村で起こった話そのものであり、村に行かなければ分からない話を知っていたということでその当時大騒ぎとなり、話は江戸まで知れわたった。

翌1823年(文政6年)、4月、勝五郎の噂に関心を持った平田篤胤は勝五郎を自分の屋敷に招き、7月に聞き取った内容を『勝五郎再生記聞』という書物にまとめている。1825年(文政8年)には湯島天神の男坂下にあった平田が経営する国学塾「気吹舎」に入門、平田の門人となった。

その後は父源蔵の家業である農業、目籠仲買業を引き継ぎ中野村で暮らしたという。1869年(明治2年)、55歳で死去。墓は同郡下柚木村の永林寺。(注:八王子市柚木)

没後しばらく経過した1897年(明治30年)、小泉八雲も、随想集『仏の畠の落穂』に「勝五郎の転生」を著し、ロンドンとボストンで刊行した。

また、1992年、彼の生涯を基にした丹波哲郎監督によるオリジナル・ビデオ映画『大霊界3 死んだら生まれ変わる』が制作された。

出典:Wikipedia

(注:↑ 湯島天神に赤色が付いているのは・・この僕、私「”とも”」が男坂女坂上の湯島天神「湯島天満宮」境内隣接地に住んだことがあるからです、ふふふ)。

祖母が勝五郎を前世で住んでいたという村に連れて行くと、村に入るなりあっさり家をみつけ、「あの屋根はなかった、あの木もなかった」家の変化を正確に指摘した。その様子におどろいた家の人たちは、勝五郎を「藤蔵」の生まれ変わりだと認めた。・・・。

藤蔵の生まれた武蔵国多摩郡程久保(程窪)村(日野市程久保)は、江戸時代の村高は50石2斗3升5合。勝五郎の生まれた中野村(八王子市東中野)とは、境を接する隣の村でした。出典:勝五郎生まれ変わり物語 http://umarekawari.org/kaisetsu/index04.html

藤蔵の墓は日野市高幡 高幡山明王院金剛寺(高幡不動尊)にあります。

スティーブンソン博士の研究を引き継いだジム・タッカー博士がNHK取材班に見せてくれたファイルの中に前出「勝五郎」ではない日本人少年の事例もありました。それが冒頭に紹介した「とも君」です。出た!また「”とも”」笑)。

前世記憶は7歳あたりで消える。「とも君」の実例

取材班は日本で14歳になった「とも君」に会い、前世の記憶を話したことを覚えていますかと問いました。数学が得意で有名な進学校に通っています。

「まったく覚えてないです」
ーーー覚えていない?
「はい。なぜそんなことを言ったのか、逆に僕のほうが気になります」

ジム・タッカー博士によると、

「多くの子供たちは、幼いころに前世のことを話し始めます。平均年齢は生後35ヶ月、2歳から3歳のころです。そのほとんどが6歳から7歳で話すのをやめ、普通の人生を歩むようになります」
「なぜか賢い子が多く、知能テストのスコアが高い傾向にあります」

あああ、賢い子が多く・・僕、私「”とも”」は馬鹿です、学校の成績は並か並以下のアホなのに、IQは140というチグハグな、「0点」だったり「100点」だったりで、つまり平均50点という少年でした。天才かと期待したら・・・普通だった?。でも、自分で自分をテレポーテーション(瞬間移動)したことあります、ふふふ。10歳ころです、深夜、寝間で寝ているはずの「”とも”」が施錠された玄関の外に立っていた! やはり深夜、掛け布団を肩に背負い寺の中を素早くつっ走っていた! え^^狂っているぅ。ハハハッ。昼に取っ組み合いのケンカをした相手に、決着をつけよう、墓場まで来い、と伝え夜中に待っていたが来なかった、月光さんさんの墓場で僕「”とも”」は居眠りしてしまった・・・。

写真:アホな「”とも”」が深夜、掛け布団一枚かついでテレポーテーションした境内。

まとめ

あ、すいません、話、元へ。

ほんものの「とも君」の話はもっと情緒的というか泣かせます。母親が「なんでそんなにイギリスのことを言うのと聞くと、「お母さんに会いたい」と言い、泣き出したそうです。イギリスのお母さんに会いたい、と。

こうした前世記憶は子供特有の作り話だと断言する科学者もいます。聞いたり見たり(テレビ、絵本など)したことが原因になっているというのです。・・・そうかもしれないし、そうではないかもしれません。

「とも君」7歳のときにお母さんは彼を父親とのイギリスへの二人旅に送り出しました。「とも君」の家はどこか? さがしましたが・・・「勝五郎」と「藤蔵」のような隣村ではないからか・・・見つかりませんでした。見つかってもいいが、見つからなくてもいいのです。魂の奥の奥のほうで何かがふっと温度をあげるような感覚があれば、それでいいと思います。

もちろん科学者の一途な研究が謎を解くときがくるのも楽しみにしたいと思います。

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