人は、なぜ山に登る? 日本人は縄文時代からず~っと登山好きだった

先祖伝来の好奇心旺盛「山好きDNA」が登山人気の理由

あなたは、なぜ山に登るのか?
そんなこと訊かれたことは、ぼくにはありません。「おもしろいの?」「たのしいの?」と問われたことはあります。

答えは・・・「うん」で終わりです。

日本人で登山、山登り山歩きの経験のない人は、いない! 生きている限り必ず山に登ります。登山人口は「約650万人」(2017・レジャー白書)です。これって・・・

江口 知章(えぐち ともあき)新潟経済社会リサーチセンター研究部長の指摘では・・・なお、参考までにスポーツ部門と比べてみると、「ゴルフ(練習場)」や「キャッチボール、野球」「テニス」よりも多くなっており、登山の人気は相応に高いと言えるのではないでしょうか。

知っていました? ぼくは登山、山歩きがそんなに人気があるとは思ってもいませんでした。山奥へ入ると、奥でなくて入り口でも、ちょっと道を外れると、人っ子一人いませんからね。野球、テニス、ゴルフ・・・よりも多いとは、びっくりです。

でも、びっくりはしますが、なるほどと納得もします。

小泉武栄(こいずみたけえい)東京学芸大学教授・理学博士・自然地理学、地生態学を専攻。『登山の誕生』(中公新書)著者がこう言っておられます。

・・・縄文人も山登りをしていた・・日本人に“山を楽しむ好奇心旺盛なDNA”が受け継がれている・・・(NTTマガジンWeb Trace  バックナンバー2013/06/20)

おそらく、あなたも山に登った経験はあると思います。遠足とか親に連れられて・・・とか。登山などという大層なことばをつかわなければ殆どの人は山に登っていますね。山寺とか山のお宮さん裏山・・・日本という国は山だらけです。

ですから、・・・私は登山は嫌いと逃げないで・・・お付き合いください。嫌い嫌いは好きなうち 嫌(いや)よ嫌(いや)よも好きのうち ♪♪ いや失礼^^)

まずは、watkusi、ぼく個人という具体例を述べます。あぁあぁ、おマエの話はどうでもいい、と思(おぼ)し召(め)しであれば最終ページの「まとめ」だけをご覧ください。一番上の「目次」をクリックしますと見出し一覧があり、「まとめ」を選んでいただくと一気にジャンプします。便利ですね。

では、ぼくの場合を始めます。

ぼくの山好きはハンパないのです。

だから山を語ることはプロフィールを語るとおなじことになります。おマエのプロフィールなんか・・・はい、ごめんなさい。でも、おもしろいですよ。

趣味は? と聞かれると一瞬、息がつまる感覚になったりしませんか?

趣味・・・趣(おもむ)き、味(あじ)・・・なにか語感がなじめないのです。ぼくにとって「山」は「生きる」ことと一体化しています。

趣味はと問われて「生きること」と答えたら・・・ヘンナ顔されますよね。

ご趣味は・・と「ご」が頭につくとますます、いえいえ大したことは、などと返答に躊躇してしまい、逃げたくなります。いっそのこと道楽はとか、凝(こ)っていることは、楽しみは、と問われたほうが気楽に・・・

ま、登山、です。山歩き、です。

と、すっと言葉がでてきます。ぼくの登山は趣(おもむき)という気高い言葉の範疇からはみだしているのです。

そもそも山に入る楽しみをおぼえたのは・・少々年数をさかのぼりますが、十代、高校生時代です。朝、家をでて電車に乗って、晴れていたら、車窓からのぞむ山々に気分が高まります。うん、行こう行こう、お山へ・・と。

あ、不登校はしません。

きちんと登校します。

朝礼にもでます。1時間目の授業開始にもでます。

でますが・・ひそかに1人で教室から脱け出し、逃亡してしまいます。そぉっと身を低くして、あとはさりげなく近場の山をめざします。山へ入ってしまえば、もうぼくの世界なのです。これって、趣味とはいえませんよね。楽しみです。愉悦です。開放感でしょうか。

不良行為?

いえいえ、不良になるような度胸も気概もありません。不良は群れますがぼくは群れません。不良はケンカが好きですがぼくはケンカは避けたい質(たち)です。本物の不良が近づいてきたら、自身の存在を隠します。

目立ってしまうと学校に目をつけられ、一人で授業抜けだし、という快楽ができなくなります。ああ、あれは快楽だったのだろうか。いや違うとおもいたいが・・。心地よい楽しみ・・楽しみ・・という言い方も、なんか違和感がありますが、楽しかったかったかと問われるとうなずきます。

そもそも・・そもそもという言葉をつかいます。

そもそもぼくの登山には健康上の正当な理由があったのです。じつは、高校一年生♪ 新入学の春、両目失明もありえる、という謎の眼病に罹患しました。

失明を救ってくれた五月山や六甲山。ありがとう、山で蘇る命も

朝、起きたら、両目がふさがって見えないのです。大量の硬化した目やにが瞼(まぶた)を閉じてしまうという不思議な病いでした。お湯でていねいに拭き取ると、普通に見えるようにはなります。

一ヶ月ほど連日、グロンサンとアミノ酸の点滴やら注射などなどの治療がつづけられましたが、治りません。あげくドクターは、こう告げました。

「一切、活字を読むのをやめなさい。本は読まない。あ、教科書も読まない。新聞も雑誌も読まない」

え~、それじゃあ、なにをして、、、?

「ぼ~と遠くを眺めておればいい、遠くの 山 とかを、ね」

山、山、山かぁ・・・これが山を人生の道づれにしたそもそものきっかけだったのです。

山、山、山かぁ・・・教科書も読んではダメなら・・授業なんかもってのほか! 遠くの山をぼ~と見ているくらいなら山の中に入ったほうがおもしろいのではないか・・・。

東京墨田区が祖先ゆかりの地ですが、当時は大阪府豊中市に居ました。電車は阪急宝塚線です。

一番近場の山は池田市の「五月山」(標高315.1m)です。どこが頂上かよくわからないのっぺりした低山ですが、ハイキング道を一歩はずして藪の中に入ると、それはもう、人の気配は忽然(こつぜん)となくなります。人のゆく裏に道あり花の山・・・というより、人のゆく道をはずれてこそ花の山♪ ですね。

五月山の道からはずれた藪には 春蘭 が自生していました。ぼくにとっては五月山は春蘭の山というイメージがいまでも強くあります。

ぼくはなぜ山に登るのか・・・

それは「山」のおかげで不思議な眼病がパーフェクトに治ってしまったのです。びっくりです。山と体が一体化したといえます。春蘭の山がぼくの目を開いたのです。

爾来(じらい)、ぼくは春蘭の花をもとめて山に登りました。春蘭のない山でもいいのです。六甲山にも通いました。

もちろん春蘭のない山がほとんです。それでもずっとぼくの目の奥には、五月山で初めて見つけた小ぶりの春蘭の花が浮かんできます。

穂高でも槍ヶ岳でも剣岳でも屏風岩でも滝谷北穂高ピークルートでも剣岳チンネの岩稜でも、もちろん春蘭はありませんが、心のなかには可愛い春蘭の花があるのです。・・・ これってけっこう趣のある味わいふかい話ですよ、ね。

藪こぎ登山で見つけた春蘭・・花言葉「清純」「飾らない心」

春蘭は人の歩く道にはありません。道をはずれた生き方のなかに見つかるのです。道をはずしてばかりのぼくの人生の由縁がここにあるわけでございます。ちなみに春蘭の花ことばは「気品」「清純」「飾らない心」・・・あ~あ~ぼくの個性とは大きくぶれていますね。下品、愚鈍、見栄っ張り・・・からなんとか脱したいものです。

山の話をはじめると止めが効かなくなるので、また日をあらためてつづけます。

とにかく、

おマエはなぜ山に登るのか、なぜ山歩きが好きなのか・・・答えは「生きることと一体化しているから」・・・う~ん、わかってもらえないだろうな、ということはわかります。個人的事情が過ぎますからね。具体例であっても具体が特殊すぎては抽象例よりもわからなくなるという実例ですね。ま、いいや。

【あげラボ】 なぜ人は山に登るのか

次、普遍という抽象例でいきます。普遍はすべての人に共通していることですね。

まとめ   なぜ山に登るのか? 古来からの文化の一つです!

人はなぜ山に登るのか? ぼくは、ではなく、人は、です。ただし外国の事情にははなはだしく疎(うと)いので、ここでは 日本 に絞らせていただきます。日本は国内の四分の三は山地といわれています。山だらけですね。

イギリスの登山家・ジョージ・マロリーの「そこに山があるからだ」という有名なことばがありますね。それに習っていうと、

「山だらけだもの」

そうです、山だらけです。日本ではむかしから山抜きでは暮らしは成り立たなかった。遠くさかのぼって数千年の大むかし縄文時代は現在の平地はほとんど海でした。人は山で、あるいは山と接する地に暮らしていたのですから、山歩きは生活そのものでした。

生きることと一体化・・・^^)^^)・・・ふふふ。

話が個人事情に戻るとややこしくなりますので前へ進めます。日本という所に住む人は「山」を歩くのは日常生活でした。日常生活、すなわち、文化です。文化は信仰を必ずともないます。いまでも海岸線に立つ鳥居は大むかしの生活圏を示すものです。

日本の山々が多くは山岳信仰の舞台になっているのは「山歩き」は「日常生活」のライン上の延長だったと考えられます。

日本山岳修験学会会長・慶應義塾大・鈴木正崇名誉教授はこう説かれています。

——–

日本列島で生活する人々の文化を育んできたのは変化に富む山であり、思想や哲学、祭りや芸能、演劇や音楽、美術や工芸などの多彩な展開に大きな役割を果たしてきた。その中核にあったのが山を崇拝対象とする山岳信仰で、山に対して畏敬の念を抱き、神聖視して崇拝し儀礼を執行する信仰形態をいう。山を祀り、登拝して祈願し、舞や踊りを奉納した。山を祈願の対象とし、山との共感を通じて、日々の生活を見つめ直し、新たな生き方を発見した。山は蘇りの場として機能してきたのである。———中外日報・寄稿(2019年10月7日)

山は蘇りの場として機能してきた・・・山で生まれて山でみまかる、そして山で再生、蘇る・・・これが日本に住む人々の生き方だった。

最初に紹介しました東京学芸大学・小泉武栄教授の(NTTマガジンWeb Trace  バックナンバー2013/06/20)には、八ヶ岳連峰の南端、編笠山の頂上(標高2,524メートル)近くの海抜2400メートル付近で縄文人がつかった黒曜石の鏃(やじり)が発見されたとあります。

・・・鹿やイノシシなど狩猟の対象となる動物もいません。この発見は、縄文人が狩猟目的以外で、山に登っていたことの証拠でもあるのです。私たちが好奇心に従って、知らない土地に降り立ったときのような心境で、縄文人も山に入っていったのかもしれません。・・・

鏃(やじり)かぁ、先の尖ったあれなら、ピッケルになるなぁ—あ、これはぼくのインスピレーションですけれど。

それは、ともかく、

小泉武栄教授はおなじマガジンWebで万葉集にでてくる山をたのしむ歌、詩を紹介されています。

・・・7世紀後半から8世紀後半の人々の生活を記した「万葉集」の中には、登山を楽しむ人たちの様子が多数描かれています。・・・

磐が根のこごしき山に入りそめて山なつかしみ出でてぬかも(巻七・1332

岩だらけの険しい山に入ってくると、山がいとおしくてたまらず、もう出たくない。読み手の山への愛が伝わってくる・・・

ほ~、磐(岩)登りが好きなぼくは、万葉歌人の心情ともつながっているぞ~ 山で岩を見つけると「あ、岩だ、登れるかな~」といとおしくてたまらず、岩を触ります。

あられ降りきしみが岳を険しみと草とり放ち妹が手を取る (巻三・385)

肥の国の杵島の岳が険しいので、草を放して恋人の手を引いてあげた。男女が連れあって登山を楽しんでいる様子がわかる。・・・

ふ~ん、ぼくは・・・恋人を山に、でも手を引いてはあげなかったなぁ・・・だからモテないのかぁ。勉強になりますね。

あぁ、あ、インスピレーション、きました。

肥の国(ひのくに)、火の国(ひのくに)、九州は佐賀県大分県熊本県あたりですね。火の国(ひのくに)といえば

いこう、いこう火の山へ ♪♪

いこう フニクリ・フニクラ ♪♪

をイメージいたします。あ、話元へ。

江戸後期の〇〇講☓☓講などなどの信仰登山にしても、

実態は庶民のレジャーの要素が強かった。

これらを踏まえて、なぜ山に登るか・・・を応えると、

①「山は日本の文化」
②「文化を登っています」

あるいは、

③「ご先祖のDNAですから」

少々、神がかりな顔で、

➃「ご先祖お参りです」、合掌という手もあるかもしれない。

これでわかってもらえると思います。いや、わかってほしい。わたしたちが行う登山、山歩きは、ご先祖が代々くり返してきたことを踏襲しているのです。目新しいことでもないし、特別なことでもないのです。代々、わたしたちは、山とともに楽しく生きてきました。

➄「楽しく生きるために」

①~➄のいずれかを選べばいいのです。日本に住む人ならこの答えでずんと胸にくる、腑(ふ)に落ちるはずです。

さらに決定的なひとことは、

「山だらけだもの」

以上です。

ながながと述べましたが、論より証拠、論より山歩きに、行こう、行こう火の山へ ♪♪ 体験という行動が答えを実感させてくれます。

いこう いこう 火の山へ
いこう いこう 山の上
フニクリ フニクラ
フニクリ フニクラ

行こう フニクリ・フニクラ ♪♪ 行けばご先祖が後押し、してくれる ♪♪ フニクリ・フニクラ

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ところで、補記・・・・「登山」を・・・登山そのものを楽しむ行為であり近代登山と日本古来からの山登りとは全く違うとする解説をよくみかけます。信仰や狩猟や山菜目的は登山ではない・・・。ぼくはこの説には反対です。信仰登山、狩猟登山、山菜登山、藪こぎ登山、岩登り登山、いろいろあっていいのです。限定することで現在のスポーツ的な登山価値を高めようなどの心の狭いこせこせした考えはニホンの文化ではないと思います。

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