横山秀夫『第三の時効』感想・・熱血刑事の「一途な愛」で泣かせる 

『第三の時効』は終盤のトンデモない逆転どんでん返しが凄い

ん、まあ、聞いてください。
心わくわくしました、『第三の時効』。硬派ジャンルかと思えば、意外にも軟派・・オトコ&オンナの一途な愛という『”第三のストーリー”』も終盤にみせてくれます。泣かせます。

横山秀夫の刑事小説『第三の時効』は物語の構成が見事ですね。

構成台本のお手本のように思えるので少しばかり分解してみます。ネタバレ100%ですが、2002年2月に雑誌掲載の作品で、テレビドラマにもなっていますので、いいかと思います。万が一未読、または放送を見ていないなら、①②③④の小見出しだけを見、ぜひぜひ、この小説をお読みください。短編です。

あ、この記事を読んでから小説も、という手も面白いかもしれません^^)。おもわぬ深読みができたり小説作法を学べたり。

①「起」・・タクシー運転手の妻、主婦本間ゆき絵の証言

タクシー運転手の妻、主婦本間ゆき絵の証言・・クーラー取付工事に来ていた電器店主人竹内利春に果物ナイフで脅され暴行される。その最中に夫が帰宅、乱闘、格闘。夫のタクシー運転手・本間敦志は竹内に刺殺される。・・逃走犯人竹内の行方は杳としてしれず、15年経ち時効成立の日が来る。逃走中にゆき絵に電話しているので・・時効成立で竹内が現れるとみたF県警捜査一課が本間宅や周辺に張り込み捜査をする。が、現れない。・・・しかし竹内が逃走中に7日間台湾にいた。つまり本当の時効は一週間後である。

②「承」・・時効成立 数百人警察官配備の大捜査線

7日後を「第二時効」と名付け県警は極秘裏に県下全域に数百人の警官を配備する特別捜査態勢を敷いた。だが・・・ついに竹内は現れなかった。午前零時、時効成立。「これでいいのかもしれない・・」と思う刑事もいた。捜査一課一班森刑事だ。・・本間ゆき絵の一人娘15歳は、逃走犯竹内が母を暴行したことで出生した。つまり逃走中の竹内が父親だった。「わたしのお父さん、人殺し?」とゆき絵に問われた森刑事は、違う絶対に違うと否定した。ほっとした顔の娘。もし逮捕され裁判になれば明らかになってしまうところだった。時効成立で逃走犯竹内は犯罪人ではなくなってしまう。一般人になれば暴かれることはない。

③「転」・・第三の時効 ! 捜査続行を命じる冷血刑事の班長

タクシー運転手殺害事件の時効が完全成立したと刑事たちの空気が和らぎ、感慨深げな声が満ちた時だった。冷血非情な捜査二班楠見班長が、捜査続行を命じたのだ。「ホシを起訴した」と・・・。あり得ないウルトラE難度のテクニックである。逮捕しなくても犯人を特定できれば裁判所に起訴できるのだ。初公判は六日後。「それまでに捕捉すればいい」と・・・。第三の時効である!! 刑事でも気づかない手段を逃走犯人がわかるはずがない。

④「結」・・罠にはまる逃走犯。しかし一転二転、大逆転の真相

完全時効成立と思い罠にかかった竹内利春。本間ゆき絵の家で現場からの逮捕様子を携帯で聞きながら、あたかも実況中継もどきにゆき絵に伝える楠見班長だった。・・・逃げた・・捕まえた・・抵抗した・・警棒で叩いた・・ゆき絵をいたぶっている・・・冷血刑事・・・。が、ゆき絵が叫ぶ、「もう、やめて!」・・・「竹内君は何もしていない」

「私が夫を殺しました」

「彼は私の代わりに逃げてくれた・・・」。冷血班長が追い詰めた大逆転の真相である。しかし、ならば、それこそ、真犯人ゆき絵の時効はすでに完全成立していることになる。ゆき絵は何もかもわかっている。しかし、

ゆき絵の話しを聞き終えた冷徹班長がレコーダーを停止させて伝える・・・「ホシを起訴した。そう言ったはずだ」。ホシ・・・竹内ではない。「起訴したのはオマエだ」「お前は殺人罪に問われ」る」!!・・・。

以上です。見事ですねえ。「結」のダブル結とでもいいたい「結」にはまいりました。

もっとも起承転結のプロットが見事だけでは作品は成立しない。

”犯人”と”母”が両親か? と訊く15歳少女

2019年9月16日BS-TBSで再放送されています。2002年TBSでテレビドラマ化された時の番組レジメでは・・

熱血刑事の森(緒形直人)と冷血で法を守る為には手段を選ばない刑事・楠見(段田安則)という正反対の2人が、時効成立阻止という目的に向かってひた走る様を描いていく。「ここまでクールな役は初めて。冗談を言った直後に入り込めるような役ではなかった。」と語る段田と、その楠見の指示に苦悩しながらも自らの正義を貫こうとする緒形演じる森の対決に注目してほしい。・・

そうです、物語作品には人間と人間との「愛」「愛情」、あるいは真逆の「争い」「対決」がなくては面白くありません。刑事小説・刑事ドラマの面白さは、はなから刑事対犯人という鮮明な争い、対決があります。横山作品にはさらに刑事をめぐる警察内部の「争い」「対決」が必定のパターンとなります。面白くないわけがありません。争いと対決の緊張のなかに、ふっと入ってくる愛情エピソードが際立ちます。

父親は人殺しか?

と訊く本間ありさ15歳に「違う」と言い切る森刑事は冷血とは真反対の熱血キャラです。熱血森刑事は人妻と交際しており、冷血班長に「精算してこい」「旦那は左のシンパだ」「他にも男がいる」と言われ猛反論します。「あなたにとやかく言われる筋合いはない」「私は彼女と一緒になります」―――。「ならば辞表を出してから好きなだけぶち込め」―――。「黙れ、公安野郎!」―――。楠見班長は公安あがりです。

事件は冷血班長楠見の読みが的中しました。恐ろしいばかりの沈着冷静冷血・・・。感嘆と同時に、「外道捜査だ」と冷血班長に言い放つ森刑事です。いつか必ず楠見を潰す。

事件後、森刑事は交際中の彼女の元へ向かいます。・・・夫か、不動産屋か、それとも俺か、選ばせればいい。負けやしない、迎える場所を作ってやる、とびきり居心地のいい場所を、ありったけの金と言葉と真心を注ぎ込んで・・・。そして、母も失った本間ありさ15歳を引き取ることを彼女に伝えて、プロポーズしようと決めます。小説はここでエンドです。

ありったけの金と

言葉と

真心を注ぎ込んで

そんな熱い野郎に拍手を贈りたくなります。あなたはどうですか。熱い人生ですか。沸騰する思いを持っていますか。ところでオマエは、と反問されますと頭を掻くレベルです。すみません。真心とまではゆかなくて、熱血でもなく冷血でもなく、凡庸ですが、ぼくの愛には時効はないんだ、、、とでも言っておきたかった。そんなあれこれを思い出させてくれる小説・第三の時効でした。

まとめ  愛と罪を考える

森刑事のひたむきな、一途な恋は一途を乗り越え、拡がる大きな愛、になってゆきます。人妻の彼女がどう受け入れるのか・・・。大きな愛を彼女は女性として、どう共感するのか、どうか。警察社会でそういう関係は寛容されるのか、どうか・・・。

ひるがえって被害者をよそおっていた真犯人の彼女と、その身代わりとして逃走していた男性・・・この二人もまた命がけの一途な恋であったともいえます。その代償は大きすぎた・・・とエンタメとしての回答もあるにはあります。しかしこの二人の関係は15歳少女というアリバイがあるかぎり終わりはないと思いたい。時効のない愛!

刑事の愛、犯人の愛、いづれにしても愛が、その愛が強ければ強いほどドラマを、人生を、色濃く彩る・・・ということでしょうか? つきなみな感想になってしまいごめん。

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